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母屋と車庫の上に設置しているのは私設の太陽光発電パネルです。
全部で220Wのソーラーパネルを34枚取り付けて、合計7,480Whで自家発電しております。売電はしておりません。しかし雨天や曇天での発電量は半分以下、夜間ではゼロになってしまうため、大容量のリチウムイオン蓄電池が必要になり、また家庭で使う電力全てを自家発電では賄いきれないため商用電源も必要になります。
現在、イラン戦争が激しくなる一方で、日本でもエネルギーの調達がたいへんのようですが、私が子供の頃(昭和20年代)は「石油」は特に必要のない時代でした。最近はその頃のことを思い出し「石油」がなくても、子供にとっては何故か幸せな時代でした。
それは、テレビやスマフォがなくても、自宅から外に出れば、遊び仲間が大勢いたからかも知れません。
日本がエネルギー危機に陥っても、連日、戦禍に巻き込まれているイランやパレスチナ、そしてウクライナの人々のことを思えば、日本は、まだ恵まれていると思います。2026年4月11日 ☆E.Ishikawa☆ |
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Japan's LDP government has uncritically
followed these false U.S. |
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北海道大学工学部に在職中は、人格的、良心的に素晴らしい教授と同僚、そして優秀で明るい学生と院生に恵まれました。中には、反動教授もいましたが、現在の低レベルな政治家と比べると、皆、聖人賢者のように思えてきます。  |
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私が子供の頃(昭和20年代)は「石油」は特に必要のない時代でした。
札幌市は他の市町村と比べても、交通・電気・水道・通信といったインフラが行き届いており、また戦時中でも空襲による被害がなかったため、市民は戦後の混乱期でも最低限の生活ができておりました。
当時の暖房は石炭が主流で、生活には特に石油を必要としない持代でした。
どこの住宅にも「炭小屋(たんごや)」という一坪(3.3平米)ほどの石炭の貯蔵スペースがあり、5人家族で一冬3トン位の石炭を購入して暖房に利用しておりました。そのため、当時、冬を迎える前に北海道内の多くの労働者に支給される手当のことを「石炭手当」と呼んでおりました。
暖房の主流が石炭から石油(灯油)に代わっても、暫くは「石炭手当」と呼んでおりましたが、いつの間にか「寒冷地手当」と称するようになります。 |
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